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てにすまん 高西ともブログ

佐藤充選手 [過去の思い出]

投稿日時:2013/02/01(金) 03:32

高校の部活を支援していて思うのは、それぞれ部活を頑張っている
皆に結果を出してもらいたいということ。
じゃあ、その結果は何かと言うと、もちろん戦績なんだけど
それだけじゃなくて、過去の自分を追い越して自分自身が成長する
こともそうだし、部活動を通して仲間を作ったり信頼関係を築くこともそう。
それから、精神的に成長することも「結果」を出したと言える。
とにかく、部活動で全力を尽くすということは、試合の結果を追い求め
続けることなのだが、戦績以上に多くの価値ある結果を得ることが出来る。
 
そしてその結果が卒業したあと、色んなことに生かされるのだ。
だから部活動を頑張った選手は、素晴らしいテニスの技術を得られる
ことで、その後のテニスでの活躍が期待されるだけでなく、その選手の
人生も大いに期待されるのだ。
そんな高校の部活動3年間を頑張り続けた姿を見せてくれた
選手が、先日一人亡くなった。
明治大学4年生の佐藤充選手。
充のテニスは、彼が高校の時、3年間ずっと見てきた。
だから彼の今後に大きな期待をしていたし、つい最近まで充から
「大学を卒業するまでにもう一度勝負しましょう!」って連絡を
もらっていたのだ。
そんな彼に対して「まだ負けないよ!」と言いながら結局実現
出来なかったことが悔しいというか、腹立たしくてならない。
 
充と最初に出会ったのは彼が東京の大成高校で1年生の時。
その大成高校のコーチとして就任した日に、いきなり質問攻めを
してきたのが充だった。
テニスの技術のことだけじゃなく、ラケットやシューズやウェア、
海外のこと等も、とにかくなんでも質問しまくる充はすぐにこちらの
懐にどんどん飛び込んできた。
遠征に行く車の中でもずっと喋っているのは一年生の充で、コーチの
俺とか監督や先輩達から「少しは落ち着けよ!」「うるさい!」
と怒られてばかりだった。
 
そんな充を連れて、JOPの試合やフューチャーズの予選を回った。
それまで同世代のテニス選手とばかり戦ってきた彼には、一般の
プレーヤーやフューチャーズで見る国内トップクラスの選手達は
衝撃だった。
「俺、もっと強くなります!」
フューチャーズの予選会場でボロ負けをした後
そう宣言していた充は更にイキイキとしていた。
一緒に同じ大会を回っていたので、充と対戦したこともあった。
荒削りなプレーで危なげなくこちらが勝利を挙げたが、しっかりと
打ち込む充のショットストロークだけではなく、サーブもボレーも
魅力的だった。
一緒に出場したダブルスでは充ばかりが相手ペアに狙われて
何も出来なくなり、泣きそうな表情を浮かべながらもがいていたのを
今でも覚えている。
とにかく喜びも悔しさも目一杯感じながら充は頑張っていた。
 
2年、3年と大きく彼は成長し、舞台も全国となる。
それでも相変わらず充は人懐っこい表情を見せながらコートに
立って練習をしていた。
大成高校ナンバー1としてプレーしていた彼に、もっと
ナンバー1としての自覚と威厳を持つように話をしたことがあるが
それでも充は充のままだった。
彼はあれで実は厳しさを持ち合わせていたし、もがきながら
苦しんでいたのだった。
 
大学に行った充とは殆ど会う機会も無く、たまにメールでやり取りを
するだけだったのだが、昨年の夏に明大明治高校でイベントを
行なった時に、隣の明治大学のテニスコートで練習をしていた充と
バッタリ再会を果たすことが出来た。
随分と体も鍛え上げられ、顔つきも変わって成長したと感じたが
やっぱり喋ると昔のままの充だった。
大学に入って色んな厳しさを経験したはずなのに、そういった苦労を
表に出すこともなく、楽しそうに彼は頑張っていた。
それが俺にはたまらなく嬉しかった。
 
そんな充を見てきたのに、これから彼の将来を期待できないのだ。
充はその屈託のない笑顔の中に強い気持ちを持っていたのに。
今までの頑張りがバネとなって大きく高く跳躍しようとしていたのに。
どうしても彼の存在を俺は忘れることはない。
彼の生きようとした分だけ、俺や彼の周りの仲間が頑張って
生きようって、そう思っても、なんかやっぱり違う気がする。
充よ、やっぱり充がいないとダメなんだよ。
高校の3年間、大学の4年間の頑張りを充はどうこれから
使いたかったんだろうか。
あまりにも悔しすぎる。

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