大きくする 標準 小さくする

てにすまん 高西ともブログ 2014/6

rss

緩急打ち分けしたいなら・・・

[テニス技術] 投稿日時:2014/06/17(火) 13:54

「もっと緩急をつけて!!」
テニスのレッスンの中でそう注意することが多い。
試合に出場している人なら、緩急をつけることの
重要性はよく分かっているじゃないかな?
凄く速いショットを打てるからと言っても、それを
使い続けると相手がそのスピードに慣れてしまい、
そうなると効果は無くなってしまうし、状況が苦しい中で
速いショットは自分の首を絞めることになりかねない。
やっぱりゆっくりのショットは必要だね。
 
ということで、皆緩急を意識して練習を始めるんだけど
それが上手くいかなくて「緩急って難しい」なんて
声をよく聞く。
緩急を付けようとつけようとした結果、全体のリズムも
崩れてしまい、結局グダグダテニスで負けてしまい、
そんな結果になると「だったら全部打っとけば良かった!」
ということで、緩急をつけることに苦手意識を抱いてしまう
人も少なくないでしょ?
 
そうなってしまった人がよく陥るミスは、実は
スウィングスピードの方なんだよ。
ゆっくりのボールを打つ時、ゆっくりのスウィングで
振ろうと思ってしまう人はまずこの緩急の切り替えが難しい。
ボールのスピードはもちろんゆっくりと速いという変化は
欲しいんだけど、実はスウィングスピードはあまり変えて
もらいたくないのだ。
じゃあ何でボールのスピードが変わるかと言うと、それは
ボールの回転量は種類の違いとなるのである。
回転量が少なくてフラットに近いとスウィングスピードに
近いボールのスピードになるし、ボールの回転量を増やせば
そのスウィングスピードはボールの回転を掛けることに使われ
結果、スピードはゆっくりになる。
 
ということは、自分自身の速めのショットの
スウィングスピードを覚えておいて、それと同じリズムの
振り抜きでボールの回転量を増やしたり減らしたり・・・と
切り替える練習を普段からやれば良いのだ。
この同じ振り抜きでの緩急を覚えると驚くくらい沢山の
メリットがある。
まずはやはり同じリズム、同じ振り抜きと言うことで
緩急の切り替えがしやすい。
それから当然相手にも速いのかゆっくりなのかを読まれにくい。
しっかり振り抜くスウィングだから、足もよく動かしやすい。
それがスウィングスピードを落としてしまうとバレるうえに、
足が急に動かなくなって腰砕けのショットになりやすいのだ。
そういうの、経験したことあるでしょ?
しっかり振ろうとした方が、足も元気に働こうとしてくれる。
ゆっくりのボールと言えど、ボールはとにかくラケットで
打つとよく飛ぶように出来ているで、コートの枠へ安定して
入れるにはやっぱり回転量の多さが不可欠。
そこでしっかり振り抜いて、回転多めにした形での
ゆっくりショットの方がアウトも意外と少ないし、
その結果安心感も得られる・・・という訳なのだ。
怖々と当てにいった時の方がアウトしやすいのも
分かるでしょ?
 
他のショットも同様のことが言える。
よくあるのが、サーブだね。
1stサーブでフォルトしたから、2ndサーブをゆっくりで
入れにいこうとして、結局リズムが変わってミスをする
というパターン。
もっと安定させて、なおかつ2ndサーブも相手に叩かれない
ような最低限の質を維持するには、1stサーブと同じスウィングの
速さで振り抜いて2ndサーブを打つこと。
2ndサーブをゆっくりにしてしまうと、本当に入れるだけに
なるからそれはレシーバーに叩かれやすいし、そこで
ゆっくり当てるだけの打ち方をすると、結局サーブの後の
ストローク、もしくはボレーのリズムまで大幅に狂ってしまう。
こんなところにゆっくりスウィングに変えた影響が出てくる
ことは気付いてない人が多いのだ。
 
ということは、一番最初のサーブの時点でその後のショットの
ことを考えて、しっかり振り抜き、次のショットのリズムを
壊さないようにすることを意識しておかないといけないと
いうことなのだ。
それはスライスでも同じこと。
ゆったり打っているイメージがあるスライスでも、やっぱりボールを
打つ瞬間の当たりはリズム良く振り抜くのだ。
 
例えばサーブを打って、それをしっかり深くトップスピンの
ストロークで返球してからスライスで返球、それが甘く
返って来たから前へ詰めてしっかり打ってアプローチ
してからオープンコートへボレー、更に返って来たのを
オープンコートのネット際へ殺し、それをやっと拾った相手が
ロブを上げたのでスマッシュで決める・・・なんてパターンだと
何種類もショットを混ぜて使っているし、緩急もつけている。
でも実はリズムは全部「しっかり振り抜く」ということで
統一されていれば、プレーしている選手にとってはさほど
使い分けの難しさは感じないのである。
 
テニスのレベルが上がるにつれて、相手のレベルが上がり
試合のレベルも上がっていく。
そうなると、自分の一番良いショットをどこで使うか・・・という
ことになり、その場面に辿り着くまでは、ゆったりと地味な
ショットで相手と打ち合わないといけないし、「ここだ!」という
場面になったら、それまでと同じ雰囲気や構えの状態から
自分の一番のショットを繰り出す。
そのことをしっかり意識すると、緩急を打ち分けるヒントが
見えてくる。
アグレッシブにゆったりとしたショットを練習しましょう。

自分との向き合い方

[メンタル] 投稿日時:2014/06/11(水) 13:07

人間は社会で生きている。
どんなに有能な人でも、どんなにタフな人でも
社会で生きている以上他人の助けが必要だし、誰かと
関わってないと生きていけない。
その中で当然社会性は身に付いていないといけないし、
そんな人間社会の中で自分がどういう位置にいるとか、どういう
風に見られているのか、良くも悪くも気にする習性が
人間には染み付いているものだ。
 
ところでテニスというものは、自分自身と向き合わないと
いけない場面がたくさんある。
コーチや仲間の助言が受けられないテニスの試合中は
自分だけが頼りになる。
ダブルスはペアがフォローしてくれる場合もあるが、その
ペアが崩壊してしまったら自分のテニスを自分自身で
何とかしないといけない。
試合だけじゃなく、練習中もトレーニング中も自分という
人間と向き合い、課題に取り組まないといけない。
もっと言えば信頼出来るコーチや仲間と一緒に練習を
していたとしても、自分という人間をちゃんと確立させて
おかないと何も考えられないようになり、成長はどこかで
止まってしまう。
アドバイスや助言、励ましの言葉なんて単なる上達の糸口を
もらったに過ぎず、それをキッカケとして自分がそこから
次のステップに自身の力で這い上がらないといけないし、
そもそもそのアドバイスが自分にとって合っているのかを
判断するということも、自分と向き合っていない人には
出来ないでしょ?
 
そんな自分自身と向き合う時にどういうキャラクターで
自分を見るのが良いのだろうか。
俺が選手時代から意識してきたことは、「社会の目」という
位置付けを出来る限り意識したのだ。
「社会の目」という目で自分自身を見つめると、そこには
個人的な私情は湧かないし、感情というものも発生しにくい。
「社会の目」から見た自分は味方でもなく敵でもないから、
ありのままの自分を素直に客観的に見つめられるから、欠点や
問題点、特徴や状態を把握しやすいのだ。
でもそれより何より、「社会の目」で見られているということを
自分自身が意識することで、変な言い訳をしたり誤摩化したり
することが出来なくなるし、自分がどういう目的で現在それに
取り組んでいるかというコンセプトを常に誰かに話せる状態になる。
当然誰も見ていない場面、例えばトレーニング中の最中も
常に自分は見られているということを意識することで、
良い緊張感を持続出来たりする。
 
もし自分と向き合うキャラが、「自分のこと大好き」という
要素しか無い偏った性格を持っているとどうなるか。
まず自分の都合の良いように何でもかんでも解釈するだろうね。
試合で負けても「相手が強すぎた」とか「ちょっと肘が痛かった」
なんて言い訳を考え、「君は悪くないんだよ」「運が悪かっただけ」
なんて原因究明も中途半端になる。
もちろん自分のことを信じている部分は大きいので、それを
活かして強気で大胆な行動を起こす可能性もあるけど、方向性や
やり方がマズい場合でも周りの意見を聞けなかったりするどころか
そういったアドバイスを「自分への攻撃」として殻を作って
閉じこもったりする傾向になりやすい。
 
逆に「自分という人間が好きじゃない」というタイプで
自分と向き合うのも厳しい。
自分の欠点ばかり目が行くし、周りの人達と自分を比較して
ばかりいる。
無い物ねだりなうえに、目標設定は低くてしかもそれさえも
「自分には無理かも」って思っていたりする。
トライしようとする人間は今現在の自分が不十分と思っている
のだから、当然不満や不安はたくさんあるはず。
だけどそれを私情や感情を通して自分と向き合ってしまうと
そこにストレスが発生し、前に進むための方法を考えるより
なんで自分はこうなんだろうって我が身の不幸に打ち拉がれる。
 
がむしゃらになって何かに取り組めている時期って楽しいが
テニスなんてやった分だけ上手くなるスポーツじゃない。
試合中も一つのことをずっとやっていても勝てない。
上手くいかなかったり、泥沼状態にはまった時にふと
立ち止まって自分と向き合ってみた時、結局自分自身に発する
一言は常にこれなんだよ。
「また一歩ずつ前へ踏み出しましょう」
当たり前のこの一言を自分に向けて発せられるようにするには
自分と向き合うキャラをちゃんと「社会の目」的な一枚自分と
距離を置いたドライで少し距離を置いた感じで設定して
おかないと、変に同情したり自分自身に苛立ったりしてしまう。
自分自身に対し、人ごとのように言えるようになるのが
重要なのかもね。