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てにすまん 高西ともブログ 2012/6/25
あんちゃんという後輩
[過去の思い出] 投稿日時:2012/06/25(月) 10:57
あんちゃんと呼ばれる後輩がいる。
以前俺が勤めていたテニスコーチの会社の後輩で、
俺が1年間スペインで選手活動した後派遣先として
新たな本拠地となった昭和の森テニスクラブで
最初にマッチ練習をしたのはあんちゃん。
その時は帰国してから殆ど練習できていなかったことと、
スペインに行っていた事で気合が入り過ぎて、空回り気味
だったことで、タイブレークまでもつれるという展開に
なってしまったけど、さほど上手い選手ではなかった。
でも人なつっこくて真面目な性格の彼とは気が合って
毎日のように遊んでいた。
そんなあんちゃんとは練習もしょっちゅうしていた。
帰国直後のマッチ練習は競ったけど、その後は殆ど
相手にもならない感じ。
精神的にも不安定だし、ショットもさほど目立つものを
持っていない。
下手ではないけど、それ以前にテニスに対して熱い
気持ちなんかも感じられないから、彼のテニスに関しては
そんなに今後のプレーは楽しみでは無かったし、
彼自身も自分には期待はしていない感じではあった。
しかしその後会社のナンバー1だった俺のテニスを
遥かに上回る選手が新たに入社して、その彼も昭和の森に
配属となった。
俺とあんちゃんとその新しい選手とはすぐ仲良くなり、
3人で一緒に遊ぶだけでなく、当然練習も行なったし、
遠征にも行くようになってくると、徐々にあんちゃんの
心の中にも「俺も選手として活躍したい」という気持ちが
芽生えてきたように感じた。
あんちゃんと出会ってから2年後、俺が2回目の
スペイン選手活動をして日本に帰国すると、あんちゃんも
「スペインに行きたい」と言い出した。
練習もトレーニングもストイックに頑張り始める。
元々真面目な性格なので、のめり込むと人一倍頑張る彼は
性格までちょっとピリピリし始めた。
そしてお金を貯めて彼も1年間のスペインテニス留学を
実現させたのだ。
帰国後、彼のテニスは大きく成長していた。
俺もそうだったんだけど、まずしっかりとディフェンスを
覚えたあんちゃんは手ごわい相手となっていた。
もともと足も速かったし、器用な一面もあったから、
走り回りながらランニングショットで鋭いパッシングを打つなど、
カウンター系のショットが磨かれたあんちゃんは、
試合でもどんどんランキングを上げて、遂には
俺の最高ランクを抜いて全日本ランキングも50位台まで
上がっていった。
練習では俺とたくさんマッチ練習したあんちゃんだけど、
一度だけ試合で対戦したことがある。
相手を切り崩してポイントを重ねるパターンを用いる俺の
テニスだが、その時は何をやってもあんちゃんを崩せなかった。
それはあんちゃんが完璧だったのか、それとも後輩のあんちゃんに
負けたくないという感情が邪魔して俺自身が力を発揮
出来なかったからなのか、とにかく結果は惨敗。
若い頃キレまくった思い出は多いが、その歳になってから
感情が爆発するような悔し過ぎてキレまくった試合は、
この時だけ。
それくらい、彼に追いつかれ、そして抜かれていった事を
試合中に見せつけられたことが悔しかった。
でもその頃にはあんちゃんのテニスは多くの選手達に
認められていたし、俺自身も皆に「あんちゃん強くなったよ!!」
って言っていたんだけど、まだまだ心の中では「認めたくない」
って思ってたんだね。
こうやって本番の試合で見せ付けられてやっとそのくだらない
俺のプライドが剥がれ落ちた。
でもその試合で惨敗するまでは、そのくだらないプライドが
あったおかげで、あんちゃんが急激に伸びている時期に、
俺もあんちゃんに負けたくないって思って成長できた気もする。
最後は抜かれたけど、結局は彼の存在に感謝すべきことは
多いって今では感じている。
以前俺が勤めていたテニスコーチの会社の後輩で、
俺が1年間スペインで選手活動した後派遣先として
新たな本拠地となった昭和の森テニスクラブで
最初にマッチ練習をしたのはあんちゃん。
その時は帰国してから殆ど練習できていなかったことと、
スペインに行っていた事で気合が入り過ぎて、空回り気味
だったことで、タイブレークまでもつれるという展開に
なってしまったけど、さほど上手い選手ではなかった。
でも人なつっこくて真面目な性格の彼とは気が合って
毎日のように遊んでいた。
そんなあんちゃんとは練習もしょっちゅうしていた。
帰国直後のマッチ練習は競ったけど、その後は殆ど
相手にもならない感じ。
精神的にも不安定だし、ショットもさほど目立つものを
持っていない。
下手ではないけど、それ以前にテニスに対して熱い
気持ちなんかも感じられないから、彼のテニスに関しては
そんなに今後のプレーは楽しみでは無かったし、
彼自身も自分には期待はしていない感じではあった。
しかしその後会社のナンバー1だった俺のテニスを
遥かに上回る選手が新たに入社して、その彼も昭和の森に
配属となった。
俺とあんちゃんとその新しい選手とはすぐ仲良くなり、
3人で一緒に遊ぶだけでなく、当然練習も行なったし、
遠征にも行くようになってくると、徐々にあんちゃんの
心の中にも「俺も選手として活躍したい」という気持ちが
芽生えてきたように感じた。
あんちゃんと出会ってから2年後、俺が2回目の
スペイン選手活動をして日本に帰国すると、あんちゃんも
「スペインに行きたい」と言い出した。
練習もトレーニングもストイックに頑張り始める。
元々真面目な性格なので、のめり込むと人一倍頑張る彼は
性格までちょっとピリピリし始めた。
そしてお金を貯めて彼も1年間のスペインテニス留学を
実現させたのだ。
帰国後、彼のテニスは大きく成長していた。
俺もそうだったんだけど、まずしっかりとディフェンスを
覚えたあんちゃんは手ごわい相手となっていた。
もともと足も速かったし、器用な一面もあったから、
走り回りながらランニングショットで鋭いパッシングを打つなど、
カウンター系のショットが磨かれたあんちゃんは、
試合でもどんどんランキングを上げて、遂には
俺の最高ランクを抜いて全日本ランキングも50位台まで
上がっていった。
練習では俺とたくさんマッチ練習したあんちゃんだけど、
一度だけ試合で対戦したことがある。
相手を切り崩してポイントを重ねるパターンを用いる俺の
テニスだが、その時は何をやってもあんちゃんを崩せなかった。
それはあんちゃんが完璧だったのか、それとも後輩のあんちゃんに
負けたくないという感情が邪魔して俺自身が力を発揮
出来なかったからなのか、とにかく結果は惨敗。
若い頃キレまくった思い出は多いが、その歳になってから
感情が爆発するような悔し過ぎてキレまくった試合は、
この時だけ。
それくらい、彼に追いつかれ、そして抜かれていった事を
試合中に見せつけられたことが悔しかった。
でもその頃にはあんちゃんのテニスは多くの選手達に
認められていたし、俺自身も皆に「あんちゃん強くなったよ!!」
って言っていたんだけど、まだまだ心の中では「認めたくない」
って思ってたんだね。
こうやって本番の試合で見せ付けられてやっとそのくだらない
俺のプライドが剥がれ落ちた。
でもその試合で惨敗するまでは、そのくだらないプライドが
あったおかげで、あんちゃんが急激に伸びている時期に、
俺もあんちゃんに負けたくないって思って成長できた気もする。
最後は抜かれたけど、結局は彼の存在に感謝すべきことは
多いって今では感じている。
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