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てにすまん 高西ともからのメッセージブログ
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青森遠征ドッキリ[てにすまん 高西ともブログ]
投稿日時:2012/08/09(木) 02:41
現役の頃、テニスの遠征は楽しかった。
大会に出場することはワクワク感があったし、そういった
緊張感の中で勝ち進むことが出来れば、なお嬉しいからね。
それから、ずっと選手活動を続けていると、選手仲間も
増えてくるので、そういった選手達と試合した後練習したり
ご飯に行ったり温泉に行ったりすることもまた遠征の醍醐味だった。
そんな遠征で青森に行った時の話。
大会会場はアジア大会用に作られた20面以上ある立派な
施設で、宿泊も可能なので出場した選手はそこに滞在していた。
というより、周りは殆ど何も無い田舎なので、試合、練習、
食事・・・とその施設に缶詰状態。
皆、飛行機で来たからちょっと外へドライブって訳にもいかない。
毎晩、食事終わった後は選手達で集まってトランプしたり
雑談したりするしか楽しみはなかった。
試合が進んでいくと当然負けた選手は帰っていくので、
段々人数は減っていく。
そうなると面倒なのが翌朝、試合前に行うアップの相手の確保。
だいたい毎朝同じ相手と試合前に練習するんだけど、その相手が
負けて帰ってしまったら、勝ち残っている中から新しい相手を
探さないといけない。
その大会でも勝ち残り、明日は準々決勝という日の夜、
俺と後輩の岸本選手、それから当時荏原でコーチをしていた
一つ歳下の大西選手と3人で集まって、長い暇な夜を一緒に
過ごしていたんだけど、そこで翌日朝の練習相手の話になった。
俺は岸本選手と一緒に練習すると決めていたのだが、大西選手は
朝の練習相手が決まっていないらしく「誰かいませんかね?」と
我々に聞いてきた。
まだ勝ち残っている選手をピックアップしていくと、当時リコーに
所属していた八木選手がもしかしたら探しているかも・・・という話に。
しかし大西選手はそこで「ちょっと八木さんって怖くないですか?」と
言ってきたのだ。
確かにキリッとした表情でクールな八木選手は、本人のことを
あまり知らない選手には、そう見えなくも無い。
「いや、八木さん無茶苦茶良い人ですよ。」と岸本選手。
「そう?でもちょっとびびるな~」と大西選手。
そこで岸本、チラッと俺の方を見てから
「じゃあ今から八木さんに電話をかけるので、大西さんが直接八木さんと
話して下さいよ」と彼はおもむろに携帯電話を取り出した。
この「電話をかける」と岸本が言ってチラッと俺の方を見る
というのは当時、俺たちがよくやっていたイタズラの合図。
その合図と同時に俺は部屋をソっと出て外に行って外でスタンバイ
していると、案の定岸本から俺の携帯に電話が掛かってきた。
「おぉ、八木だけど・・・」と俺はぶっきらぼうに電話に出る。
「あ、あの僕、大西です。明日の朝の練習相手を探しているので
岸本君の電話を借りて電話させてもらったのですが・・・」
電話の向こうにはビビリながら喋る大西選手の声が。
大西選手は完全に俺の声を八木選手と信じきっている。
八木選手本人はこんな無愛想じゃないのに、大西選手が
勝手なイメージを持っているので、それに合わせて俺は
だるそうな声で話を続けた。
「おぉ、いいよ。じゃあ明日の朝、7時にコートで。」と俺。
「え!?7時ですか?試合は10時からですよ!?」
驚く大西選手。
だって10時試合スタートだったら、早くても9時頃にアップを
始めるのが普通だからね。
しかし、
「八木さんだったら朝7時から有り得るな~」
大西選手の声の後ろで岸本も大西選手を信じ込ませようと、
俺の話に合わせてくれる。
「わ、分かりました。でも朝7時だとコートの管理人がいないので、
ネットがまだ無いと思うのですが・・・」と大西選手。
「おぉ、ネットが無くてもいいよ。」と、八木選手に扮した俺。
「えぇ!!ネットが無いコートでもいいんですか!!???」と大西選手。
「八木さんなら、ネットが無くても練習しそうだな~」と岸本の声。
「分かりました!!じゃあ明日の朝、7時からネット無しで
練習お願いします!!!では失礼します!!」
電話を切った後、俺は二人のいる部屋に戻ったのだが、そこには
今一つ状況が飲み込めなくて呆然と突っ立っている大西選手と
一生懸命笑いをこらえている岸本がいた。
「大西は明日の練習相手、どうなった?」と俺が大西選手に尋ねると
「八木さんが明日の朝7時から、ネット無いコートで練習してくれるって
言ってくれたんですが、これどう思います?」
「いやぁ、八木君ならストイックな選手だから有り得るよ、ねぇ岸本?」
「そうですね~、有り得ますねぇ~」
遠征は悔しい思い出も多いが、それ以上に楽しい印象が残っている。
普段、試合でも対戦する機会の多い選手同士だからこそ、オフの時は
楽しく過ごせる仲間なのだ。
結局大西選手にはこの後、ネタばらし。
そのままだと朝7時にコートへ行きそうだったからね。
おかげで一生の思い出に残った青森遠征となりました。
大会に出場することはワクワク感があったし、そういった
緊張感の中で勝ち進むことが出来れば、なお嬉しいからね。
それから、ずっと選手活動を続けていると、選手仲間も
増えてくるので、そういった選手達と試合した後練習したり
ご飯に行ったり温泉に行ったりすることもまた遠征の醍醐味だった。
そんな遠征で青森に行った時の話。
大会会場はアジア大会用に作られた20面以上ある立派な
施設で、宿泊も可能なので出場した選手はそこに滞在していた。
というより、周りは殆ど何も無い田舎なので、試合、練習、
食事・・・とその施設に缶詰状態。
皆、飛行機で来たからちょっと外へドライブって訳にもいかない。
毎晩、食事終わった後は選手達で集まってトランプしたり
雑談したりするしか楽しみはなかった。
試合が進んでいくと当然負けた選手は帰っていくので、
段々人数は減っていく。
そうなると面倒なのが翌朝、試合前に行うアップの相手の確保。
だいたい毎朝同じ相手と試合前に練習するんだけど、その相手が
負けて帰ってしまったら、勝ち残っている中から新しい相手を
探さないといけない。
その大会でも勝ち残り、明日は準々決勝という日の夜、
俺と後輩の岸本選手、それから当時荏原でコーチをしていた
一つ歳下の大西選手と3人で集まって、長い暇な夜を一緒に
過ごしていたんだけど、そこで翌日朝の練習相手の話になった。
俺は岸本選手と一緒に練習すると決めていたのだが、大西選手は
朝の練習相手が決まっていないらしく「誰かいませんかね?」と
我々に聞いてきた。
まだ勝ち残っている選手をピックアップしていくと、当時リコーに
所属していた八木選手がもしかしたら探しているかも・・・という話に。
しかし大西選手はそこで「ちょっと八木さんって怖くないですか?」と
言ってきたのだ。
確かにキリッとした表情でクールな八木選手は、本人のことを
あまり知らない選手には、そう見えなくも無い。
「いや、八木さん無茶苦茶良い人ですよ。」と岸本選手。
「そう?でもちょっとびびるな~」と大西選手。
そこで岸本、チラッと俺の方を見てから
「じゃあ今から八木さんに電話をかけるので、大西さんが直接八木さんと
話して下さいよ」と彼はおもむろに携帯電話を取り出した。
この「電話をかける」と岸本が言ってチラッと俺の方を見る
というのは当時、俺たちがよくやっていたイタズラの合図。
その合図と同時に俺は部屋をソっと出て外に行って外でスタンバイ
していると、案の定岸本から俺の携帯に電話が掛かってきた。
「おぉ、八木だけど・・・」と俺はぶっきらぼうに電話に出る。
「あ、あの僕、大西です。明日の朝の練習相手を探しているので
岸本君の電話を借りて電話させてもらったのですが・・・」
電話の向こうにはビビリながら喋る大西選手の声が。
大西選手は完全に俺の声を八木選手と信じきっている。
八木選手本人はこんな無愛想じゃないのに、大西選手が
勝手なイメージを持っているので、それに合わせて俺は
だるそうな声で話を続けた。
「おぉ、いいよ。じゃあ明日の朝、7時にコートで。」と俺。
「え!?7時ですか?試合は10時からですよ!?」
驚く大西選手。
だって10時試合スタートだったら、早くても9時頃にアップを
始めるのが普通だからね。
しかし、
「八木さんだったら朝7時から有り得るな~」
大西選手の声の後ろで岸本も大西選手を信じ込ませようと、
俺の話に合わせてくれる。
「わ、分かりました。でも朝7時だとコートの管理人がいないので、
ネットがまだ無いと思うのですが・・・」と大西選手。
「おぉ、ネットが無くてもいいよ。」と、八木選手に扮した俺。
「えぇ!!ネットが無いコートでもいいんですか!!???」と大西選手。
「八木さんなら、ネットが無くても練習しそうだな~」と岸本の声。
「分かりました!!じゃあ明日の朝、7時からネット無しで
練習お願いします!!!では失礼します!!」
電話を切った後、俺は二人のいる部屋に戻ったのだが、そこには
今一つ状況が飲み込めなくて呆然と突っ立っている大西選手と
一生懸命笑いをこらえている岸本がいた。
「大西は明日の練習相手、どうなった?」と俺が大西選手に尋ねると
「八木さんが明日の朝7時から、ネット無いコートで練習してくれるって
言ってくれたんですが、これどう思います?」
「いやぁ、八木君ならストイックな選手だから有り得るよ、ねぇ岸本?」
「そうですね~、有り得ますねぇ~」
遠征は悔しい思い出も多いが、それ以上に楽しい印象が残っている。
普段、試合でも対戦する機会の多い選手同士だからこそ、オフの時は
楽しく過ごせる仲間なのだ。
結局大西選手にはこの後、ネタばらし。
そのままだと朝7時にコートへ行きそうだったからね。
おかげで一生の思い出に残った青森遠征となりました。
苦しい状況から逃げたくなるヤツは・・・。[てにすまん 高西ともブログ]
投稿日時:2012/08/08(水) 10:10
テニスの試合って辛いことが多い。
それは体力的にもそうだし、精神的にもそうだ。
でもレベルが上がっていけば行くほど、その辛さは
大きくなっていく。
低いレベルの時にはちょっと粘ればすぐに崩れる
相手が多かったのに、自分のテニスレベルが上がって
上位に勝ち進めるようになるほど、崩しても崩しても、
そこから立て直して黙々とプレーを続ける相手との
戦いとなるからね。
そんな相手から勝利を挙げるには、かなり厳しい状況を
当たり前と思いながらプレーしてないといけない。
その為には普段から、ハードな練習やトレーニングを
こなしておかないといけないんだけど、ただ体力を付けたり
動きを良くする為に行うんじゃなくて、大事なことはハードな
練習やトレーニングの真っ最中に平常心を保つように
意識出来るかどうか・・・なんだよ。
言わば、体力的なことと脳を別にしてもらいたいのだ。
例えば、全力でダッシュを行うとする。
ダッシュだから体力は一気に無くなり、息も上がり、
呼吸困難な状態になっていく。
これはかなりキツい状態で苦しい。
「もうダメだ!!走れない!!」
そんなヘロヘロの状態になったとする。
でも・・・脳だけはまるで別の人間のようにいて欲しいのだ。
ヘロヘロ人間になりながらも、脳だけは冷静に、そこから
どうやって体をスムーズに動かせるようにするかを考え、
そして体は苦しんでいるのに、冷静にそこからもっとペースアップ
させるための指示を出してもらいたいのだ。
そういう客観的な立場の脳を作るための練習をしないと
いけないんだよね。
しんどい、辛い・・・ってことは体が感じていることであり、
そこから精神的苦痛に発展させてもらいたくない。
最初にも言ったように、そもそもテニスの試合はレベルアップを
すると共に苦しい試合が当たり前となるので、体力的苦痛を
感じるたびにイチイチ精神面にも影響を及ぼされたら
間違いなく「苦しい→逃げよう」という法則が出来上がってしまう。
そもそもテニスには精神的苦痛が付きもの。
まず負けていたら当たり前に精神的苦痛を感じる。
だけどリードしている方もよっぽど相手とレベル差が無い限り
プレッシャーがのしかかる。
競っている試合も当然精神面の負担は大きい。
それだけ神経をすり減らして頑張っているうえに、体力的に
キツいことさえも精神的ダメージで加わると、もうその試合は
負けてもいいから早く終わらせようって思ってしまうよ。
テニスの試合とは体力的に苦しいものである。
精神的にもキツいものである。
そういうことが分かるようになって、それを当たり前のようにして
テニスができると、体力面で苦しい状況でも自分の脳はそこから
どういう体の使い方をすればベストなパフォーマンスが出来るか
指示してくれるし、精神面で苦しい状況でも感情的にならず
平常心保って状況判断出来るようにしてくれる。
そして更に、そういう体力的、精神的苦痛な状況に慣れ、
そこから勝利を挙げる経験が増えてくると、逆に苦しい場面に
なるほど、気持ちも身体も信じられないくらい良い動きを
するようになるのだ。
楽に勝つ。
そんな試合はトーナメントの初戦くらいなもんだよ。
皆が目指しているのはそこじゃない。
自分と同じレベル以下には確実に勝ち、そして格上から
勝利を挙げていかないと。
その為にはそうとう体力面でも精神面でも苦しい試合を
こなし続けないといけない。
でもそれが普通であり、そういう世界にいるんだよね。
体力的にも精神的にも苦しい時に、ニコって笑える選手に
ならないといけないよ。
それは体力的にもそうだし、精神的にもそうだ。
でもレベルが上がっていけば行くほど、その辛さは
大きくなっていく。
低いレベルの時にはちょっと粘ればすぐに崩れる
相手が多かったのに、自分のテニスレベルが上がって
上位に勝ち進めるようになるほど、崩しても崩しても、
そこから立て直して黙々とプレーを続ける相手との
戦いとなるからね。
そんな相手から勝利を挙げるには、かなり厳しい状況を
当たり前と思いながらプレーしてないといけない。
その為には普段から、ハードな練習やトレーニングを
こなしておかないといけないんだけど、ただ体力を付けたり
動きを良くする為に行うんじゃなくて、大事なことはハードな
練習やトレーニングの真っ最中に平常心を保つように
意識出来るかどうか・・・なんだよ。
言わば、体力的なことと脳を別にしてもらいたいのだ。
例えば、全力でダッシュを行うとする。
ダッシュだから体力は一気に無くなり、息も上がり、
呼吸困難な状態になっていく。
これはかなりキツい状態で苦しい。
「もうダメだ!!走れない!!」
そんなヘロヘロの状態になったとする。
でも・・・脳だけはまるで別の人間のようにいて欲しいのだ。
ヘロヘロ人間になりながらも、脳だけは冷静に、そこから
どうやって体をスムーズに動かせるようにするかを考え、
そして体は苦しんでいるのに、冷静にそこからもっとペースアップ
させるための指示を出してもらいたいのだ。
そういう客観的な立場の脳を作るための練習をしないと
いけないんだよね。
しんどい、辛い・・・ってことは体が感じていることであり、
そこから精神的苦痛に発展させてもらいたくない。
最初にも言ったように、そもそもテニスの試合はレベルアップを
すると共に苦しい試合が当たり前となるので、体力的苦痛を
感じるたびにイチイチ精神面にも影響を及ぼされたら
間違いなく「苦しい→逃げよう」という法則が出来上がってしまう。
そもそもテニスには精神的苦痛が付きもの。
まず負けていたら当たり前に精神的苦痛を感じる。
だけどリードしている方もよっぽど相手とレベル差が無い限り
プレッシャーがのしかかる。
競っている試合も当然精神面の負担は大きい。
それだけ神経をすり減らして頑張っているうえに、体力的に
キツいことさえも精神的ダメージで加わると、もうその試合は
負けてもいいから早く終わらせようって思ってしまうよ。
テニスの試合とは体力的に苦しいものである。
精神的にもキツいものである。
そういうことが分かるようになって、それを当たり前のようにして
テニスができると、体力面で苦しい状況でも自分の脳はそこから
どういう体の使い方をすればベストなパフォーマンスが出来るか
指示してくれるし、精神面で苦しい状況でも感情的にならず
平常心保って状況判断出来るようにしてくれる。
そして更に、そういう体力的、精神的苦痛な状況に慣れ、
そこから勝利を挙げる経験が増えてくると、逆に苦しい場面に
なるほど、気持ちも身体も信じられないくらい良い動きを
するようになるのだ。
楽に勝つ。
そんな試合はトーナメントの初戦くらいなもんだよ。
皆が目指しているのはそこじゃない。
自分と同じレベル以下には確実に勝ち、そして格上から
勝利を挙げていかないと。
その為にはそうとう体力面でも精神面でも苦しい試合を
こなし続けないといけない。
でもそれが普通であり、そういう世界にいるんだよね。
体力的にも精神的にも苦しい時に、ニコって笑える選手に
ならないといけないよ。
サーブミスが多いのはここかもしれない。[てにすまん 高西ともブログ]
投稿日時:2012/08/07(火) 23:29
サーブを打つ時のステップってどうなってる?
俺の場合は、右足を左足の横までスッと寄せてから
サーブを打つ。
このパターンの人って多いんじゃないかな?
中には、寄せた右足が左足を追い越して、
フットフォルトをしてしまう人もいる。
厚いグリップでサーブを打つ人も体が開きやすいから
右足が前に出やすいよね。
ところでサーブの軸足ってどっちか分かる?
右利きの人は左足が軸となる。
左足でしっかりと地面を蹴って左足で着地をするから
体の向きが崩れないままバランス良くサーブが打てる。
でもこの左足に体重を乗せるのが苦手な人って多い。
ストロークの時でも、左足を前足として使ったフォアハンドとか
同じく左足を後ろ足として使ったバックハンドが、なかなか
打てない人は、左足に体重乗せるのが苦手な人。
そんな人はサーブの時に、左足のサポートとして右足を寄せて
言わば両足ジャンプ的な感じで打つことが多くなるのだ。
俺も元々左足に体重乗せるのが苦手だったので、その頃の
名残で右足を寄せるサーブになった。
しかし右足を寄せるのは良いのだが、この寄せた右足が
出しゃばって軸足になってしまうとまずいのだ。
右足が軸となって地面を蹴ってしまうと、左足は余計に
大人しくなり地面を蹴ろうとしない。
そうなると体はどうなる?
左足の横まで右足を寄せているので、足は両足とも
並んでいるような状態。
それで右足だけ強く蹴ってジャンプしようとするとバランスが
取れず、体は傾きやすいし、当然体の向きも
正面になりやすい。
右足で蹴りながらも縮こまった左足で着地しようとすると
当然上体は落ちてしまい、頭も下がりやすい。
だからサーブを打つと同時に左側へ体が傾いたり、
前向きに開いてしまいやすい人は、本来軸足である左足が
縮こまり、その分右足が頑張りすぎている場合が多いかも。
普段は出来ていても、セカンドサーブとかビビッた場面に
なると左足がダメになって軸足の仕事をしないなんて
こともある。
俺も、たまに左足が急に軸足として機能しなかったりする
ことがあるよ。
メンタルの部分と大きくその辺りは関係していると感じる。
「とにかく入れば良い・・・」
試合に出ている人は、とにかくそういう気持ちでサーブを
まずは覚えてしまうから、どうしても最初に誤魔化しながら
使った技が身に付いてしまう。
それは厚いグリップで打つ厚い当たりのサーブだったり、頭の
真上で捕らえる回転多めのサーブだったりするんだけど、
右足を寄せて右足軸でサーブを打つってのも、そのまま
ずっと癖として残りやすく、その癖のせいで左足がきっちり
機能しなくてサーブが伸びていかないケースは多い。
今一度自分のサーブのステップを見直してみよう。
大事な場面でもちゃんと左足がしっかり機能しているか
しっかりチェックしておかないと、なかなか安定したサーブを
作り上げられないよ。
不安定な場合でも、足の使い方分かれば原因がわかるかも。
俺の場合は、右足を左足の横までスッと寄せてから
サーブを打つ。
このパターンの人って多いんじゃないかな?
中には、寄せた右足が左足を追い越して、
フットフォルトをしてしまう人もいる。
厚いグリップでサーブを打つ人も体が開きやすいから
右足が前に出やすいよね。
ところでサーブの軸足ってどっちか分かる?
右利きの人は左足が軸となる。
左足でしっかりと地面を蹴って左足で着地をするから
体の向きが崩れないままバランス良くサーブが打てる。
でもこの左足に体重を乗せるのが苦手な人って多い。
ストロークの時でも、左足を前足として使ったフォアハンドとか
同じく左足を後ろ足として使ったバックハンドが、なかなか
打てない人は、左足に体重乗せるのが苦手な人。
そんな人はサーブの時に、左足のサポートとして右足を寄せて
言わば両足ジャンプ的な感じで打つことが多くなるのだ。
俺も元々左足に体重乗せるのが苦手だったので、その頃の
名残で右足を寄せるサーブになった。
しかし右足を寄せるのは良いのだが、この寄せた右足が
出しゃばって軸足になってしまうとまずいのだ。
右足が軸となって地面を蹴ってしまうと、左足は余計に
大人しくなり地面を蹴ろうとしない。
そうなると体はどうなる?
左足の横まで右足を寄せているので、足は両足とも
並んでいるような状態。
それで右足だけ強く蹴ってジャンプしようとするとバランスが
取れず、体は傾きやすいし、当然体の向きも
正面になりやすい。
右足で蹴りながらも縮こまった左足で着地しようとすると
当然上体は落ちてしまい、頭も下がりやすい。
だからサーブを打つと同時に左側へ体が傾いたり、
前向きに開いてしまいやすい人は、本来軸足である左足が
縮こまり、その分右足が頑張りすぎている場合が多いかも。
普段は出来ていても、セカンドサーブとかビビッた場面に
なると左足がダメになって軸足の仕事をしないなんて
こともある。
俺も、たまに左足が急に軸足として機能しなかったりする
ことがあるよ。
メンタルの部分と大きくその辺りは関係していると感じる。
「とにかく入れば良い・・・」
試合に出ている人は、とにかくそういう気持ちでサーブを
まずは覚えてしまうから、どうしても最初に誤魔化しながら
使った技が身に付いてしまう。
それは厚いグリップで打つ厚い当たりのサーブだったり、頭の
真上で捕らえる回転多めのサーブだったりするんだけど、
右足を寄せて右足軸でサーブを打つってのも、そのまま
ずっと癖として残りやすく、その癖のせいで左足がきっちり
機能しなくてサーブが伸びていかないケースは多い。
今一度自分のサーブのステップを見直してみよう。
大事な場面でもちゃんと左足がしっかり機能しているか
しっかりチェックしておかないと、なかなか安定したサーブを
作り上げられないよ。
不安定な場合でも、足の使い方分かれば原因がわかるかも。
喘息という逃げ場所[てにすまん 高西ともブログ]
投稿日時:2012/08/06(月) 17:43
子供の頃、小児喘息を患った。
今も花粉症の時期、季節の変わり目、
風邪で体が弱っている時には発作を起こす。
はっきりとは覚えていないが、喘息の発作で苦しい
思いをしたのは幼稚園くらいからだったかな?
近所の子供たちとふざけ合って走り回るとすぐに
発作を起こし、その日の夜は母に背中をずっと
さすってもらいながらも苦しくて眠れない・・・なんて
何度もあって、その経験は未だに覚えている。
病院にも週に一回通い続けた。
母がこぐ自転車の後ろに乗って、家から数キロ離れた
病院に朝早く向かうのだ。
病院では必ず注射を打たれるが、毎週のことなので慣れっこに。
検査の時には腕に10本くらい打たれたし、太いストローみたいな
針で血を抜かれるのもお尻に打たれるのも平気だった。
そして病院の帰りには必ず母は「頑張ったね」とお子様ランチとか
パフェとか、好きなお店で好きなものをご馳走してくれた。
小学校に入ると、病院には一人で行くようになった。
行く時は、出勤する父の車に乗せてもらい、
帰りはバスで学校に遅刻して向かう。
学校には4時間目の途中くらいに着くのだが、誰も歩いていない
校舎を堂々と歩き、ガラッと教室を開けた瞬間、クラスの
皆に注目されるのは快感だった。
「俺は病人だ」
そう思うことに小学校の頃、むしろ優越感さえ覚え始めていた。
喘息の発作は苦しかった。
だが、それを皆が「かわいそう」と思ってくれるし、優しくしてくれる。
喘息は特権のように感じていた。
そんな気持ちが自分自身へ甘えをもたらした。
健康のためと習わされたスイミングも「発作出てる」と言って
ずる休みしたこともある。
とにかく苦しみながら乗り越えなきゃいけないって時に
喘息を理由にして尽く避けていたような気がする。
3年生の頃、習い始めたサッカーも、小学校の間はレギュラーに
なれなかった。
でも、悔しくなかった。
だって俺は喘息患者なんだもん。
しかし唯一父は違っていた。
まるで俺が喘息を持っているのを知らないかのように
発作が起きても「サッカーの練習行ってこい!」って言って
ゼーゼーしている俺を外に追い出したし、俺の前で平気な顔して
タバコを吸っていた。
タバコはどうかと思うが、発作が起きてもそんなことは気にせず
父は俺にサッカーの結果を求め続けた結果、小学校6年生頃から
俺は、喘息ときっちり向き合うようになっていった。
どうすれば激しい運動をしても発作が起きないように出来るか。
そして喘息を治すためにはどうすれば良いのか。
中学校に入ると、もう喘息は特権とは思わなかった。
むしろ、俺は普通の人達と同じように運動が出来るんだという
ことを、周りの人達に認めさせようとしていた。
体力が付いてくると、発作は年に数回ほどしか起きなくなったが
もうそれを同情してもらい、優しくしてもらおうとは思わないどころか
発作が起きたことで運動を制限され、それによって自分の評価が
落ちることに苛立った。
高校に入ると、発作が起きた状態でも長距離トレーニングを
全力で行ったりしてみた。
もう俺の中では喘息は無視するようにしていたのだ。
結局、俺は高校卒業してからテニスの道へ入り、選手として
活動するに至った。
そこは結果しか評価されない世界。
自らそういう世界に身を置き、その活動を10年以上も
続けられたことは本当に幸せだと感じる。
それも、喘息で苦しんでいる俺の前でタバコをスパスパ
吸っていた父のおかげかもしれない。
今、世の中にはもっと大きな障害を抱えながらも頑張って
スポーツしている選手たちがいるが、そう考えると彼らの
障害の部分に目を向けながら応援することはどうかと思う。
あくまでも一人の人間としての結果を評価すべきであり
「大変なのに頑張っているね」という応援は単なる同情である。
もしかしたら、その同情によって甘えていた小学校時代の
俺のように、優しくしてもらうことで満足してしまう人間が
生まれてしまうこともあるかもしれない。
俺も一歩間違えば、そのまま何事にもチャレンジせず
「どうせ俺は」の人生を送っていたかもね。
障害を乗り越えて強くなった人もいるが、障害に心を
委ねてしまった人も多いんじゃないかな。
今も花粉症の時期、季節の変わり目、
風邪で体が弱っている時には発作を起こす。
はっきりとは覚えていないが、喘息の発作で苦しい
思いをしたのは幼稚園くらいからだったかな?
近所の子供たちとふざけ合って走り回るとすぐに
発作を起こし、その日の夜は母に背中をずっと
さすってもらいながらも苦しくて眠れない・・・なんて
何度もあって、その経験は未だに覚えている。
病院にも週に一回通い続けた。
母がこぐ自転車の後ろに乗って、家から数キロ離れた
病院に朝早く向かうのだ。
病院では必ず注射を打たれるが、毎週のことなので慣れっこに。
検査の時には腕に10本くらい打たれたし、太いストローみたいな
針で血を抜かれるのもお尻に打たれるのも平気だった。
そして病院の帰りには必ず母は「頑張ったね」とお子様ランチとか
パフェとか、好きなお店で好きなものをご馳走してくれた。
小学校に入ると、病院には一人で行くようになった。
行く時は、出勤する父の車に乗せてもらい、
帰りはバスで学校に遅刻して向かう。
学校には4時間目の途中くらいに着くのだが、誰も歩いていない
校舎を堂々と歩き、ガラッと教室を開けた瞬間、クラスの
皆に注目されるのは快感だった。
「俺は病人だ」
そう思うことに小学校の頃、むしろ優越感さえ覚え始めていた。
喘息の発作は苦しかった。
だが、それを皆が「かわいそう」と思ってくれるし、優しくしてくれる。
喘息は特権のように感じていた。
そんな気持ちが自分自身へ甘えをもたらした。
健康のためと習わされたスイミングも「発作出てる」と言って
ずる休みしたこともある。
とにかく苦しみながら乗り越えなきゃいけないって時に
喘息を理由にして尽く避けていたような気がする。
3年生の頃、習い始めたサッカーも、小学校の間はレギュラーに
なれなかった。
でも、悔しくなかった。
だって俺は喘息患者なんだもん。
しかし唯一父は違っていた。
まるで俺が喘息を持っているのを知らないかのように
発作が起きても「サッカーの練習行ってこい!」って言って
ゼーゼーしている俺を外に追い出したし、俺の前で平気な顔して
タバコを吸っていた。
タバコはどうかと思うが、発作が起きてもそんなことは気にせず
父は俺にサッカーの結果を求め続けた結果、小学校6年生頃から
俺は、喘息ときっちり向き合うようになっていった。
どうすれば激しい運動をしても発作が起きないように出来るか。
そして喘息を治すためにはどうすれば良いのか。
中学校に入ると、もう喘息は特権とは思わなかった。
むしろ、俺は普通の人達と同じように運動が出来るんだという
ことを、周りの人達に認めさせようとしていた。
体力が付いてくると、発作は年に数回ほどしか起きなくなったが
もうそれを同情してもらい、優しくしてもらおうとは思わないどころか
発作が起きたことで運動を制限され、それによって自分の評価が
落ちることに苛立った。
高校に入ると、発作が起きた状態でも長距離トレーニングを
全力で行ったりしてみた。
もう俺の中では喘息は無視するようにしていたのだ。
結局、俺は高校卒業してからテニスの道へ入り、選手として
活動するに至った。
そこは結果しか評価されない世界。
自らそういう世界に身を置き、その活動を10年以上も
続けられたことは本当に幸せだと感じる。
それも、喘息で苦しんでいる俺の前でタバコをスパスパ
吸っていた父のおかげかもしれない。
今、世の中にはもっと大きな障害を抱えながらも頑張って
スポーツしている選手たちがいるが、そう考えると彼らの
障害の部分に目を向けながら応援することはどうかと思う。
あくまでも一人の人間としての結果を評価すべきであり
「大変なのに頑張っているね」という応援は単なる同情である。
もしかしたら、その同情によって甘えていた小学校時代の
俺のように、優しくしてもらうことで満足してしまう人間が
生まれてしまうこともあるかもしれない。
俺も一歩間違えば、そのまま何事にもチャレンジせず
「どうせ俺は」の人生を送っていたかもね。
障害を乗り越えて強くなった人もいるが、障害に心を
委ねてしまった人も多いんじゃないかな。
繋ぐテニスから攻撃テニスへ[てにすまん 高西ともブログ]
投稿日時:2012/08/03(金) 09:49
試合で、ただ繋いでばかりの選手をよく見掛ける。
面白くも何とも無い・・・という意見もあるだろうが、本人は
面白いとか面白くない以上に「勝ちたい」という気持ちが
あるので繋いでいるんだろう。
テニスは余計なことをしないで繋いでいるだけで、相手が
ミスしてくれることもあるスポーツだからね。
下手に攻めようと、端っこ狙ったり強いショットを打つと、逆に
自分のミスが増えて相手にポイントをプレゼントしてしまうのだ。
でも繋ぐだけで勝利が得られるレベルなんてホントに下層の
相手だけ。
繋ぎながらもちゃんとチャンスが来た時には攻撃に転じないと
そこから先のレベルには進めないよ。
でもそういう事は分かっているんだけど、なんで多くの人が
繋ぐテニスから攻撃テニスに進めず足踏み状態でいるかと
言うと、「攻撃」の本当の意味を分かってないからなんだと思う。
繋いでばかりいる人は「攻撃=決める」と思っている。
でもそれまでは繋ぎ続けた結果、相手がしびれを切らして
攻撃し始め、それによってミスをもらう習慣が身に付いているから
攻撃のリスクの高さが十分分かっている。
ミスしないようにして、いかに攻撃でポイントを決められるか・・・。
そういう風に考えると、やっぱり大事な場面になればなるほど、
自分は攻撃しないで繋ぎ、相手からミスをもらう方を選んでしまう。
でも実は攻撃ってそういう意味じゃないんだよ。
繋ぐテニスと攻撃テニスって、実は考え方はそう変わらない。
「繋いでミスをもらう」というのと一緒で、「攻撃してミスをもらう」という
のが攻撃テニスをする時に大事な考え方なんだよね。
それを「攻撃して決めてやろう」と思っていると、自分自身に
プレッシャーが掛かってしまい、そのプレッシャーで結局
ミスをしてしまうことになるのだ。
分かりやすい例で言うと、ダブルスのポーチ。
ポーチに出ることってリスクあるでしょ?
自分が守るべきストレートを放ったらかしにして、クロスに
飛び出して決めに行く。
ポーチに出ることで、ストレートを抜かれることもあるし、
ポーチでボレーしたボールをカウンターで相手にやられる
可能性もあるし、ボレーミスすることもある。
でもやっぱり思い切ってポーチに出た・・・という行動力は
その後相手の心理状態に影響して、相手のミスの確率は
上がるでしょ?
そこに攻撃の真の目的がある。
もちろんポーチで綺麗にカッコよく決めると、それで1ポイントは
稼げるが、ミスしたとしてもポーチという行動力はそれ以上に
相手から何ポイントもミスをもらえるキッカケになる。
試合に出始めると、いかにミスをしないことが大事かってことに
気が付くんだけど、そこから更にレベルアップするには、いかに
攻撃を混ぜられるかになる。
その攻撃の目的は、ただ繋いでいるだけではミスしてくれない
相手に対して決めるってことじゃなくて、ミスしてくれない
相手にミスさせるキッカケを作ること。
だから、速いショットを打つことも、相手を前後左右に揺さぶることも、
ネットに出ていくことも、攻撃的な行動を行うときには必ず、
「ミスをさせるため」「決めなくていい」って思ったほうがいいね。
でも案外、そういう思いで攻撃を仕掛けると、思わず決まってしまう
結果になることがあるが、それが一番自然な決め方。
もちろん、しっかりチャンスボールの時には決めるよ。
逆の言い方をすれば、そういうチャンスボールで簡単に
決められる状態になるまでは、無理に決めないで相手の
ミスを期待しながら攻撃をし続ける気持ちを持つことが大事。
繋ぐテニスは何もしないでミスを待つテニス。
攻撃テニスは、ちょっと相手をつついたり、ヤジったり
脅かしたりしながらミスを待つテニス。
相手と向き合うスポーツなんだから、攻撃テニスをしっかり
堪能してほしいな。
面白くも何とも無い・・・という意見もあるだろうが、本人は
面白いとか面白くない以上に「勝ちたい」という気持ちが
あるので繋いでいるんだろう。
テニスは余計なことをしないで繋いでいるだけで、相手が
ミスしてくれることもあるスポーツだからね。
下手に攻めようと、端っこ狙ったり強いショットを打つと、逆に
自分のミスが増えて相手にポイントをプレゼントしてしまうのだ。
でも繋ぐだけで勝利が得られるレベルなんてホントに下層の
相手だけ。
繋ぎながらもちゃんとチャンスが来た時には攻撃に転じないと
そこから先のレベルには進めないよ。
でもそういう事は分かっているんだけど、なんで多くの人が
繋ぐテニスから攻撃テニスに進めず足踏み状態でいるかと
言うと、「攻撃」の本当の意味を分かってないからなんだと思う。
繋いでばかりいる人は「攻撃=決める」と思っている。
でもそれまでは繋ぎ続けた結果、相手がしびれを切らして
攻撃し始め、それによってミスをもらう習慣が身に付いているから
攻撃のリスクの高さが十分分かっている。
ミスしないようにして、いかに攻撃でポイントを決められるか・・・。
そういう風に考えると、やっぱり大事な場面になればなるほど、
自分は攻撃しないで繋ぎ、相手からミスをもらう方を選んでしまう。
でも実は攻撃ってそういう意味じゃないんだよ。
繋ぐテニスと攻撃テニスって、実は考え方はそう変わらない。
「繋いでミスをもらう」というのと一緒で、「攻撃してミスをもらう」という
のが攻撃テニスをする時に大事な考え方なんだよね。
それを「攻撃して決めてやろう」と思っていると、自分自身に
プレッシャーが掛かってしまい、そのプレッシャーで結局
ミスをしてしまうことになるのだ。
分かりやすい例で言うと、ダブルスのポーチ。
ポーチに出ることってリスクあるでしょ?
自分が守るべきストレートを放ったらかしにして、クロスに
飛び出して決めに行く。
ポーチに出ることで、ストレートを抜かれることもあるし、
ポーチでボレーしたボールをカウンターで相手にやられる
可能性もあるし、ボレーミスすることもある。
でもやっぱり思い切ってポーチに出た・・・という行動力は
その後相手の心理状態に影響して、相手のミスの確率は
上がるでしょ?
そこに攻撃の真の目的がある。
もちろんポーチで綺麗にカッコよく決めると、それで1ポイントは
稼げるが、ミスしたとしてもポーチという行動力はそれ以上に
相手から何ポイントもミスをもらえるキッカケになる。
試合に出始めると、いかにミスをしないことが大事かってことに
気が付くんだけど、そこから更にレベルアップするには、いかに
攻撃を混ぜられるかになる。
その攻撃の目的は、ただ繋いでいるだけではミスしてくれない
相手に対して決めるってことじゃなくて、ミスしてくれない
相手にミスさせるキッカケを作ること。
だから、速いショットを打つことも、相手を前後左右に揺さぶることも、
ネットに出ていくことも、攻撃的な行動を行うときには必ず、
「ミスをさせるため」「決めなくていい」って思ったほうがいいね。
でも案外、そういう思いで攻撃を仕掛けると、思わず決まってしまう
結果になることがあるが、それが一番自然な決め方。
もちろん、しっかりチャンスボールの時には決めるよ。
逆の言い方をすれば、そういうチャンスボールで簡単に
決められる状態になるまでは、無理に決めないで相手の
ミスを期待しながら攻撃をし続ける気持ちを持つことが大事。
繋ぐテニスは何もしないでミスを待つテニス。
攻撃テニスは、ちょっと相手をつついたり、ヤジったり
脅かしたりしながらミスを待つテニス。
相手と向き合うスポーツなんだから、攻撃テニスをしっかり
堪能してほしいな。
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